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大阪地方裁判所 昭和32年(ソ)17号 決定

抗告人 陳茂森

抗告人 顔陳混諒

右両名訴訟代理人弁護士 佐野正秋

同 清木尚芳

相手方 竹田晴雄

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原判決を取消す。相手方の申立を却下する。」との決定を求め、抗告理由として別紙のとおり主張した。

よつて按ずるに、本件は民事訴訟法第五四七条第二項に基く強制執行停止決定に対する抗告の申立であるところ、右停止決定に対して不服の申立をなし得るか否かについては従来から見解の対立するところであるが、当裁判所は左の理由により不服の申立は許されないものと考える。

(一)  先ず、同法第五五八条によれば、強制執行手続において口頭弁論を経ずして為しうる裁判に対しては即時抗告を為すことが出来る旨規定されており、同法第五四七条に基く停止決定については別段不服申立を禁ずる旨の規定もないから、同決定についても当然同法第五五八条に従い即時抗告をなし得るとする見解もあるが、仮執行宣言つき判決、支払命令に対し、上訴を提起した場合において、原裁判に基く強制執行に対し、一時その執行停止を命ずる裁判に対しては、不服申立の許されないことは、同法第五一一条第二項、第五一二条第二項がそれぞれ同法第五〇〇条第三項を準用していることにより明らかであるから、右上訴審における裁判を強制執行異議の本案裁判と対比することにより、右の執行停止の裁判とその仮定性、暫定性、従属性において全くその性質を同じくする本件原決定、即ち同法第五四七条に基く停止決定について、たまたま不服申立を禁じた明文の規定が存在しないとの理由のみによつて、即時抗告による不服方法が許容されると速断することは、甚だしい形式的解釈として、にわかに賛同し難いところである。この種の一時的な裁判に対する独立した取消変更の途を与えるか否かについては、仮差押仮処分等の暫定的保全命令たる裁判(これは確定した債務名義が存在しないという点において、前掲仮執行宣言つきの本案判決に対比されるが)の場合と同様、基本たる権利実現の要請(債権者的利益)の強度と、その基盤の誤謬や変動に対処する権利実現の阻止の必要性(債務者的利益)の程度とを相関的に勘案して、各種制度の機能、本質に徴して、あくまでも実質的に検討、解決せらるべきものと考える。

(二)  次に、もしこの種の裁判に対する独立した不服申立を許さないとすれば、その後、停止決定が違法不当であることが、判明しても、臨機の取消、変更を許容する措置が認められていないから、本案訴訟の裁判あるまで右の違法な停止決定は当然維持せられ、債権者的利益は不必要に抑圧せられることになるから、この点において停止決定の附随性、一時性を過度に強調することは正当でないとの見解が考えられるであろう。即ち強制執行の停止に対しては、応変性がないことは、仮差押、仮処分命令に対しては異議手続による再審のほか、事情変更による取消制度があり、破産、更生の特別保全命令に対しても発令裁判所による臨機の取消、変更制度を認めていることに対照して、一見当を得ないが如くにも見られないことはないが、元来、保全処分たる裁判に認められる応変性は、被保全権利の存否よりもむしろ保全の必要性の変動により多く対処し、保全制度の限界を逸脱しない配慮に基いているものと考えられ、絶対的な権利存否の判断(訴訟的乃至は裁判的本質)よりも、むしろ一応存在すると見られる権利の保全という政策的ないし目的的配慮(非訟的乃至は行政的性格)に主としてその根拠を置くものと見るべきであるから、執行停止の不可変性(一時性の枠内における)は、異議訴訟の裁判的本質に却つて適合するものであつて、この理は前掲の仮執行宣言つき裁判に対する執行停止についても同様である。それ故、これがために不服申立の必要性を絶対的に強調することも、不可であり、この必要性は実質的に見ても、後述の債務者的利益保護の重要性に比肩され得ない。

(三)  次に、執行停止決定を発するがための理由とその証拠の存否を特別要件視して、この要件存否の再審査のために不服申立を許容するを可とする見解が考えられるが、かかる要件は、一旦確立された債務名義の内容たる権利実現の正当性に疑を生ぜしめ、従つてこれを阻止しようとする債務者に所期の救済を附与するがための最少限度の主張と立証の要請に過ぎないものであつて、仮執行宣言つき判決の執行停止にこれを必要としないのは、その債務名義としての未定立性から、当然に反対当事者即ち債務者にこれを免除しているものと考うべく、これを、本案訴訟において早晩判断をうくべき債務名義の内容の実質的正当性の有無の問題とは別個独立の要件と見て、特にそれの存否のための再審査手続を設けることを必要とするものとは考えられないから、この見解も支持し得ない。

(四)  そこで、不服申立の許否につき、さらに考察を要する点としては、同法第五四七条に基く強制執行停止決定に対して不服方法として即時抗告がなされた場合、抗告審において審理の結果原停止決定が取消されたときは、債権者の強制執行は続行されることとなり、ために往々本案たる異議訴訟の完結前に右強制執行が完了して、異議訴訟はその目的を失い、本案訴訟の原告たる債務者は敗訴せざるを得ない事態に立至るべきことである。このことは単に同一の目的のために無益な二重の係争を生ずるとか、抗告訴訟が異議本案訴訟よりも却つて重視せられ、主従顛倒するとか、判断が区々に分れる虞が生じて不都合であるとかという、手続的、形式的不合理を指称するのではなく、執行停止の許否という仮定的、暫定的処置により、債務名義の執行が許され、その結果新しい事実が形成され、しかもそれが確定した既成事実として、それ自体は動かし得ないものとなるということの当否の問題なのである。これを無条件に甘受することは、債務者的利益の完全な否定であり、不当な執行阻止に対する債権者的利益の侵害は専ら権利実現の遅延の面において生ずるのに反し、不当な執行実施に対する債務者的利益の侵害は、執行目的となつた具体的権利の喪失となつて現れるのであるから、この点から見れば、債務名義の当否につき一旦疑点が認められた以上は、その放任の不当結果に対して、債権者、債務者のいずれに最後の救済の余地を残すべきかは、おのずから明らかであろう。のみならず、異議本案訴訟については証明の有無、即ち確信判断を以て勝敗を決すべき筈であるのに拘らず、一旦発せられ強制執行停止決定につき、独立して、しかも疏明による手続でその当否を争わせることとすると、結果として単なる疏明即ち確信に至らざる判断を以て、本案訴訟における確信判断の結果を事前に左右せしめることとなり、もし前者にして誤たんか、債務者に対しては爾後債権者に対する損害賠償請求以外全く救済の途を閉してしまう結果をもたらすこととなるのである。尤も停止決定の審理が疏明によつてなされることは、抗告審に限らず原審においても同様であることは勿論であるが、原審において疏明がないものとして停止決定申立を却下された場合は(この場合は、救済を求める債務者自ら、容易な方法により与えられる債務名義の当否に対する裁判所の懸念発生をも果し得なかつたものとして、その結果は自ら甘受すべきものである)格別、一旦債務者保護の必要が認められて停止決定がなされた以上、同様の簡易な疏明方法によるこれが廃業手続を是認することは、簡易手続による執行防止の手段を専ら債務者の利益保護のために附与したこの制度の趣旨に反するものといわざるを得ないのである。即ち、この趣旨よりすれば執行停止は一時的な防衛手段として比較的容易に(固より反対疏明は許容されるが)これを附与するが、その廃棄は同様に容易に為されてはならず、一層慎重な確信的判断に基いてはじめて為さるべきものとする所以が是認せられるのであつて、この意味において一旦なされた停止決定は尊重されねばならないのである。

(五)  以上の法理の表現を法の規定に求めると、前述の民訴第五四八条第一項が、異議本案訴訟の判決を為す際に、既発の執行停止決定の当否を審査すべきことを規定していることが明らかであり、前掲の理由に徴すると、一旦発せられた執行停止の維持又は取消変更は、本案訴訟における確信的判断に基いて本案の裁判と同時に職権でこれを為すべきとされている趣旨の至当であることが首肯せられる。即ち、執行停止決定の是正は右の方法によつてのみなされ得べく、他の独立した是正手段はその必要を認めないのみならず、むしろその当を得ないものとしてこれを拒否していることが明確となるのである。

(六)  右に述べた以外に、民訴第五四七条第二項の執行停止決定に対して、不服方法として即時抗告を許すべきであるとの主張を首肯せしめるに足る理由を発見することができない。

以上の理由により、本件抗告の申立はこれをなし得ないものであるから、不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九五条を適用の上、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮川種一郎 裁判官 奥村正策 山下巖)

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